大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)1674号 判決 1977年10月14日
控訴人・被告 神戸市
訴訟代理人 奥村孝 外一名
被控訴人・原告 綾部和人
訴訟代理人 原田豊 外一名
主文
原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、控訴人
主文同旨
二、被控訴人
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
第二、当事者の主張
次のとおり附加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。 一、原判決三枚目裏三行目の次に、「なお、控訴人は、昭和四四年三、四月頃になされた本件道路の舗装工事によつて本件防護柵の高さに変化を生じていないと主張するけれども、手軽に行なわれる浸透式アスフアルト舗装あるいは常温混合アスフアルト舗装の場合、本件のような場所でなされて路面が高くならないということはありえない。右工事の際、路面の高さは五乃至一〇糎高くなつている。」を加える。
二、原判決六枚目表最終行から同裏六行目までの全文を削り、これにかえて、次のとおり加える。
「(ロ)(a)ところで、国家賠償法第二条にいう公の営造物についての設置及び管理の瑕疵とは、その営造物が通常備えるべき安全性を欠く状態を指すものであるところ、防護柵を設置する場合の基準については、建設省道路局長通達(昭和四二年一二月二五日付建設省道路局企画課発第三号)に定められており、これによると、防護柵の高さの基準は、路面より六〇糎とされている。本件防護柵は、昭和四〇年頃設置されたものであるが、その路面からの高さは、支柱が八〇糎、手摺が六五糎であつて、右基準を越えており、その高さの点においては、道路防護柵として具体的に通常予想される危険の発生を防止するに足りるものであつて、何ら瑕疵がない。なお、昭和四四年四月頃に本件道路の舗装工事がなされているが、これによつて本件防護柵の高さに変化を生じていない。」
三、原判決六枚目裏七行目「また、」を「現に、」と改める。
四、原判決七枚目表一一行目の次に、次のとおり加える。
「(ハ) 仮に本件事故につき控訴人が国家賠償法第二条第一項により賠償責任を負うとしても、
(a) 被控訴人の労働能力喪失割合は四〇%であり、その後遺症の程度は自動車損害賠償保障法施行令の別表の等級の八級に該当するものである(鑑定人井奥匡彦の鑑定)。
(b) 本件事故は、通常の歩行で転落するはずのないものであり、被控訴人においてかなり無理な方法で柵に寄りかかるとか、あるいは柵に腰をかけるとかしてバランスを失つて転落したものであつて、右被控訴人の過失と、事故時これに附添つておりながら口頭で注意しただけでそれ以上制止せずに放置したその父親の過失もあつて発生したものであるから、損害賠償の額を定めるについてはこれを斟酌すべきであり、その過失割合は、四割が相当である。
(二) 控訴人は、確定判決により控訴人に賠償責任があるとされたときにはその支払に充当する趣旨で、昭和四八年八月三一日、被控訴人に対して五〇〇万円を支払つた。」
五、原判決七枚目表一二行目「(ハ)」を「(ホ)」と改める。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、被控訴人が、満六才であつた昭和四四年八月四日午前八時頃、神戸市長田区房王寺町二丁目一七番地先の自宅前道路(以下、本件道路という。)上で遊んでいたところ、右道路南端の防護柵(以下、本件防護柵という。)を越えて約四メートル下にある兵庫県立夢野台高等学校(以下、単に高校という。)の校庭に転落し、頭蓋骨陥没骨折等の傷害を負つたこと、及び、本件道路が控訴人の管理にかかるものであることは、いずれも当事者間に争いがない。そこで、前記事故(以下、本件事故という。)が、本件道路の管理に瑕疵があつたために生じたものであるかどうかについて検討する。
二、いずれも成立に争いのない乙第一乃至第三号証、第四号証の一乃至一三、第五乃至第七号証、検乙第一号証、原審における被控訴人法定代理人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三号証、弁論の全趣旨により本件事故当時における本件道路の一部を撮影した写真で認められる検甲第一、第二号証、原審証人牧野数栄、同山口幸一郎、同森久雄、同川西隆の各証言、及び原審における被控訴人法定代理人本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件事故当時、本件道路は、幅員三メートル余りでほぼ東西に延びる道路であつて、その北側は高さ約三メートルの高台、その南側は高さ約四メートルの低地となつていて、低地は高校の校庭となつている。そして、高校の高さ約四メートルのコンクリート塀が本件道路側壁に接着して設けられているので、この塀がその擁壁の役割を果している。道路の南側に沿つて本件防護柵が設けられているが、これは二メートル間隔に立てられた高さ八〇センチメートルのコンクリート柱の間に、上下二本の鉄パイプが通されており、右路面から上段の鉄パイプ(手摺)までの高さは六五センチメートル、下段の鉄パイプまでの高さは四〇センチメートルである。
(二) 本件道路の路面は、昭和三五年頃においては、本件事故当時の路面よりも、少くとも約二メートル低く、高校のコンクリート塀が本件道路と高校の校庭との仕切りとなり、文字通り、塀の役割を果していたが、その後、土砂の流動、本件道路の舗装等による数回の道路工事等のため、本件道路の路面が嵩上げされて次第に高くなり、本件コンクリート塀とほぼ同一の高さにまでなつた。そのため、人が本件道路から本件コンクリート塀を越えて転落する危険が発生し、昭和三七年から昭和三九年八月頃までの間に、本件事故現場附近で子供の転落事故が四件ばかり続発した。そのため事故防止施設の設置を求める住民の声もあつて、控訴人は昭和四〇年頃本件防護柵を設置したものである。その設置当時のコンクリート柱及び路面から上段の鉄パイプまでの高さについては、被控訴代理人は、本件事故当時より五センチメートル乃至一〇センチメートル高かつたが、設置後昭和四四年三月乃至四月頃アスフアルト舗装工事が行われて嵩上げされた結果本件事故当時には前認定の高さになつたものであると主張し、控訴代理人は、本件防護柵設置後本件事故までの間に一度だけ右舗装工事が行われたことは認めるが、その工事においては道路の嵩上げはなかつたと主張する。しかし、いずれともこれを認むべき証拠は提出されていない(被控訴人法定代理人本人は、本件道路は本件防護柵設置ののち昭和四三年一〇月頃舗装されてその路面が三〇乃至四〇センチメートル高くなつた旨供述するが、被控訴人の右主張に照らし、措信することができない。)。
(三) 昭和四一年五月から昭和四六年一〇月までの間神戸市土木局西部土木事務所(その管轄区域は長田区と須磨区である。)の管理係長をしていた川西隆が上司の命により長田区、須磨区、兵庫区、生田区における本件防護柵と類似の道路防護柵一七例について調査したところでは、道路とその外側(川、溝渠、宅地、道路等)との間に一・五乃至六メートル位の落差のある場所に設置された道路防護柵の路面から手摺までの高さは、五二乃至六五センチメートルである。
(四) 本件事故の態様は、被害者が幼児のため必ずしも明らかでないが、被害者である被控訴人が、本件防護柵の上段の鉄パイプに後向きに腰かけていて、何らかの拍子に体のバランスを失い、高校の校庭に転落したものと推認される(前記乙第三号証によつて明らかな、本件事故につき捜査に当つた警察官に対し、事故発生時に現場に居合せた被控訴人の兄光雄(昭和三六年一月四日生)が、被控訴人は道路の夢野台高校側の手摺に後向きに寄りかかつていたが、急に一人で後にひつくり返るようにして同高校校庭に落ちた旨供述し、被控訴人の父親が、被控訴人の転落は本人の過失に間違いない旨申立てている事実、及び、右(一)に認定した本件防護柵の構造、形状、就中上段鉄パイプの路面からの高さと被控訴人(当時六才)の身長から考えて、単純に後向きに寄りかかつただけではその重心が上段鉄パイプ乃至その上に来ることはありえないと考えられることから、右のように推認される。)。
(五) 本件事故現場附近は、住宅が建ち並び、昼間は車両の通行量も少く、附近には他に適当な遊び場所がないところから、本件道路は自然に附近居住の子供達の遊び場所となつていた模様である。右子供達の親達は、本件防護柵が、路面の高さからして、子供達がこれにもたれたり、腰をかけたり、鉄棒代りにするなどして遊ぶと、高校の校庭への転落の危険があると考えて、各々その子供達に本件防護柵で遊ばないように再三注意していた。そして、本件事故発生後に、本件事故現場附近の住民達が控訴人や兵庫県に陳情等をした結果、高校の設置者である兵庫県において、人の転落防止のために、本件コンクリート塀の上に金網を張り万全の策を採るに至つた(なお、前記高校から控訴人に対し、昭和四一年に本件道路等の実情調査並びにこれから生ずべき災害防止のための善処方を要望する旨の申入をしているけれども、右申入に関する書面である前記甲第三号証の文面からみるかぎり、それは、本件道路の擁壁の代用となつている本件コンクリート塀が道路の重圧により各所に亀裂を生じて倒壊の危険にさらされている点につき、主として学校経営の面から右の点に伴う同校の窮状を訴え、あわせて「該道路に面する市民の災害防止の面からも」至急に善処されたい旨申入れているにとどまり、本件道路からの転落防止策の必要を訴える趣旨はうかがわれない。)。
なお、被控訴人は、(1) 本件事故前に本件道路で遊戯中の幼児が本件防護柵を越えて高校の校庭に転落するという事故が四、五件発生しており、(2) 本件事故現場附近の住民からも控訴人に対して転落事故防止のためにもつと完全な防護設備を設置するよう繰返し陳情がなされていた旨主張する。甲第三号証及び被控訴人法定代理人本人尋問の結果によれば、本件防護柵設置後本件事故までの間に、幼児の転落事故一件が発生したかにうかがわれるが、右両証拠における被害者の氏名が喰違つており、また、事故の原因も定かでない。他に右期間内における幼児の転落事故を認むべき証拠はない。また、右(2) の、本件事故以前にそのような陳情がなされていたとの事実については、これにそう原審における被控訴人法定代理人本人の供述は措信しがたく、他にこれを認めるべき証拠はない。
以上の認定を左右するに足る証拠はない。
三、国家賠償法第二条第一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、当該営造物が、その構造、用途、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を考慮したうえで、具体的にみて、通常有すべき安全性を欠いていることをいうものと解すべきである。
一般に、道路において、その路端が崖状になつている場合は、その崖の高さがある程度以上であると歩行者あるいは通行車が誤つてこれに転落した場合に大きな危害を受けるから、これを防止するために防護柵の設置が要請される。本件の場合、本件道路と崖下校庭との落差が約四メートルあるというから、道路の使用頻度が乏しくないかぎりその必要がある場所であるといえよう。本件において、本件道路に対する幾度かの嵩上げの結果従来防護柵の代用となつていた高校のコンクリート塀がその用を果さなくなつた時、附近住民より防護施設の設置の声が起つたのも無理からぬことである。
控訴人は、右要請に応じて昭和四〇年に本件防護柵を設置した。本件事故当時におけるその形状は前認定のとおりである。これは、前記要請に応える施設として通常有すべき安全性に欠けるといえるであろうか。被控訴代理人は、右防護柵は設置当初より五センチメートル乃至一〇センチメートル低くなつたと主張する。仮にそうであるとしても、現にその上段の手摺までの高さが六五センチメートル、下段の手摺までの高さが四〇センチメートルあるのであるから、同種危険箇所における他の事例に照らし、背の高い大人にとつても背の低い幼児にとつても、この種安全施設に対し要請される通常の高度の枠内にあるものといわなければならない。けだし、この場合の防護柵は、通行人が足を踏み外し、通行車が運転を誤つて崖下に転落することを防止できればよいからである。ことに本件事故の被害者は六才の幼児であるから、その身長は一二〇センチメートルには達していないものと推認され、上段の手摺はその体重の重心より高い位置に来るので、下段の手摺と相俟てば、本件防護柵はこれを保護するのにその高さにおいて何ら欠けるところがないのは明らかである。被控訴代理人の主張のうち、本件道路の嵩上げの結果、本件防護柵がその高さにおいて缺陥が生じたとの部分は理由がない。
四、次に、被控訴代理人は、本件防護柵は、幼児の遊びの道具となるから、かえつて危険であると主張する。
前認定のように、本件道路は、附近の子供の遊びの場所となつていた模様である。そして、本件事故は、被害者たる被控訴人が本件防護柵に腰をかけて遊んでいるうち、誤つて崖下の方向に転落したため生じたもののようである。しかしながら、一般に崖上にある防護柵は、足を踏み外して崖下に転落するのを防止するためのものであるから、それは上記の構造のもので十分であり、このことは公園のような幼児の蝟集が予測される場所における施設においてさえも同様である。親は幼児に対しては崖上の防護柵の上に乗つたりこれに腰をかけたりして崖下に転落するおそれのあるような危険な遊びをしないよう注意しているのが一般である。危険といえば、ブランコや鉄棒でさえその用法を誤れば危険である。およそ社会における施設は、このように異なつた立場における注意すべき者の守備領域の分担において、その効用を全うしているといつてよいのであつて、その守備領域には相覆う部分はあるとしても、これを一方の全面的守備範囲に押しつけることによつては十分に機能し得ないといわなければならない。防護柵として通常予想されないこのような異常な行動に出た結果生じた事故に対してまで、施設に瑕疵があるものとしてこれを施設設置者の責任に帰すべきものではない。まして、本件防護柵は自動車の通行する道路端に設置した防護柵である。道路管理者において、本件道路が幼児の遊び場となることを予定し、更にその幼児が防護柵の上に乗つたり腰をかけたり(この場合足が地を離れるから危険である。)する異常な遊びをすることを予定し、そのために生ずる危険防止のために高い金網を設置するなど万全な施設を備える法律上の義務があり、これを備えなければ道路の設置又は管理に瑕疵があるなどとは到底いえないことは明らかである。このことを肯定する原審裁判所の見解には当裁判所は賛同できない。
なお、原判決は、本件防護柵の鉄パイプは丸味を帯びて弾力性があるから、幼児がこれを遊び道具とするのに好適であつたと判示するが、本件防護柵は、これに本件被害者の程度の幼児が乗つた場合適度に撓むかどうかは別として、本件防護柵の鉄パイプが通常用いられる鉄パイプより特に細く弾力性のあるものを使用したと認められる証拠はなく、また、防護柵の鉄パイプが丸棒であるのも通常の形状であるから、これをもつて防護柵の欠陥ということはできない。
五、以上の次第であるから、前認定の事実関係によれば、本件事故は被害者である被控訴人の一方的な過失によつて生じたものであつて、本件道路の設置又は管理に瑕疵があつたことによるものということはできない。そうすると、被控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却すべきである。
六、よつて、原判決中、一部被控訴人の請求を認容した部分は失当であるから、これを取消し、右取消した部分の被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 坂井芳雄 判事 下郡山信夫 判事 富沢達)